小田原駅、小田原城近くの魚料理の店 昼食(ランチ)・夕食に観光の帰りに是非!

北條水軍 お品書き 小田原 北條水軍
ご予約・ご質問等はこちら TEL0465-20-0096
 


大きな地図で見る




小田原観光ご案内


難攻不落の小田原城

戦国時代最大といわれる規模を誇り、関東全域を収めていた小田原城。
天守閣へ登り城下を眺めるのはもちろん、見分録や歴史資料館も楽しむことができます。小田原城を9kmに渡り囲む総構を歩き、当時の堀などの面影を偲ぶコースが小田原市から提案されています。街のレンタサイクルを使って散策するのも良いかもしれません。

観光案内
北條氏政・氏照の墓石と幸せの鈴

北條4代の領主とその弟の墓石。天正18年(1590年)豊臣秀吉の小田原攻めにより小田原城が落城すると5代領主氏直は高野山に追放され、父氏政とその弟氏照はで自刃し、当時この地にあった伝心庵に埋葬されました(現在、永久寺所有)。
ここには2つの箱が置かれており、中に入っている鈴は「幸せの鈴」と呼ばれています。この鈴に願いをかけて持ち帰り、願いがかなったら、ここに返しに来るのです。若者にも密かな人気スポットです。
ここに眠る北條氏政・氏照は、長引く秀吉との攻防戦の中、戦渦にまきこまれる領民の為に開城を決意されたと伝えられる、優しき領主でした。願いがかなって幸せの鈴を結びに来た人々の感謝と笑顔が、領主へのなによりの供養になることでしょう。

観光案内
石垣山一夜城歴史公園

豊臣秀吉が小田原北條氏を水陸15万の大群を率いて包囲し、その本陣として総石垣の城(石垣山一夜城または太閤一夜城と呼ばれています)を築いたことで「石垣山」と呼ばれるようになりました。
この城が「一夜城」と呼ばれるのは、秀吉が山頂の林の中に塀や櫓の骨組みを造り、白紙を張って白壁のように見せかけて完成まで隠しておき、夜のうちにその覆いを取り去ってあたかも一夜で城を作ったように思わせたことから。小田原城中の将兵はこれに驚き士気を失ってしまったと言われています。現在は歴史公園として公開され、度重なる地震にも崩れずに耐えてきた堅固な石垣が、当時の面影を残しています。眼下に小田原城と城下町が見下ろせるこの場所で、秀吉の戦略の風景を味わってみてはいかがでしょうか。
<右画像は箱根山合戦図(部分拡大) 小田原城天守閣所蔵>

観光案内